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2009年02月 アーカイブ

結構モメモメです

コロンビア共和国、通称コロンビアは、南アメリカ北西部に位置する共和制国家である。
東にベネズエラ、南東にブラジル、南にペルー、南西にエクアドル、北西にパナマと国境を接しており、北はカリブ海、西は太平洋に面している。首都はボゴタ。

ブラジル、メキシコに続き、コロンビアはラテンアメリカ第3位の人口を誇る。
コーヒー、エメラルド、バラそしてコカインの産地としても有名である。

現在は左翼ゲリラ、極右民兵、麻薬組織による低烈度紛争に苦しめられている。
内戦は1964年から1966年にかけてゲリラの蜂起から始まり、現在も特に抵抗が大きいのはコロンビア革命軍である。

日本語の表記は、コロンビア共和国。通称コロンビア。
漢字では哥倫比亜、もしくは古倫比亜などと表記される。

国名は直接的にはアメリカ大陸の「発見」者クリストバル・コロンに由来し、アメリカが「アメリゴの土地」を意味するように、コロンビアは「コロンの土地」を意味する。

植民地時代はスペインのグラナダに由来したヌエバ・グラナダという名前であり、独立後も1858年までこの名称を使用していた。
コロンビアの名称を最初に使用したのはベネズエラの独立指導者フランシスコ・デ・ミランダであり、ミランダが新大陸を示す名称としてコロンビアを用いた。

1819年に解放者シモン・ボリーバルは南米統一国家の国名にこの名称を用い、ベネズエラとヌエバ・グラナダの連合国家の名称としてコロンビア共和国が採用された。

1831年にヌエバ・グラナダ共和国として大コロンビアから独立した後、1858年にはグラナダ連合、1863年にはコロンビア合衆国と国名を変え、1886年に現在まで続くコロンビア共和国の名称が最終的に定まった。

エル・ドラード

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エル・ドラードとは、16世紀頃まで南米アンデス地方に存在したチブチャ文化(ムイスカ文化)で「黄金の人」を意味する。

あるいは、大航海時代にスペインに伝わったアンデスの奥地に存在するとされた黄金郷の伝説を指す。正式には、エル・オンブレ・ドラド。

南米アンデス地方では金の採掘と装飾技術が発達し、コロンビアのグァタピタ湖ではその土地の首長が全身に金粉を塗り儀式を行う風習をもっていた。
ここから「黄金の人」を意味するエル・ドラードの言葉が生まれたとされる。

最後に儀式が行われたのは、16世紀初頭だったが、伝説は三百年間もヨーロッパ人の間を彷徨った。18世紀後半まで世界地図に描かれ、それは実在すると信じられた。

しかし19世紀初頭、アレクサンダー・フォン・フンボルトによってアンデス・アマゾンは踏破され、地図上からは消え去られた。

ヨーロッパ人が想定したエル・ドラードはなかったが、コロンビアには、前述のチブチャ以外にもかつてはキンバヤ文化、タイロナ文化、シヌー文化が繁栄し、ペルーではチャビン文化を継承した北海岸のモチェ文化、シカン王国、チムー王国にみごとな金製品ないし金と銅、錫の合金であるトゥンバガ製品を生み出した技術が存在していたことが明らかになっている。

ボゴタ

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ボゴタはコロンビアの首都で、人口約770万人の都市である。
アンデス山脈の盆地、標高2640メートルに位置している。
1991年に名称がサンタ・フェ・デ・ボゴタに変わったが、2000年に再び現在の名称になった。

1538年にゴンサロ・ヒメネス・デ・ケサーダによって先住民族チブチャ族の地に創設された。
当初はサンタ・フェ、もしくはサンタ・フェ・デ・ボゴタと称された。
ボゴタの名は原住民ムイスカ族系のバカダ族に由来する。
1830年にコロンビアがスペインより独立した際にボゴタに改称し、現在に至るまで同国の首都であり続けている。

カルタヘナ

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カルタヘナはコロンビアの都市である。ボリーバル県の県都。人口107万5千人。
カリブ海に面した港町で、「カルタヘナの港、要塞と建造物群」が世界遺産に登録されている。
コロンビアきっての観光地である。

カルタヘナはコロンビア共和国北部、カリブ海沿岸に位置するボリーバル県の首府であり、同国で最も観光客の多い観光都市である。

スペイン植民地時代の様々な歴史的建築物が数多く現存することから、1985年にユネスコの世界遺産に登録された。

人口:89.5万人(2005年国勢調査:コロンビア第5の都市)
気候帯:熱帯気候(平均気温27.7℃。年間を通じて18℃~30℃と非常に温暖である。)
面積:57K㎡

地勢:北緯10度16分(グアム島と同緯度)、東経75度30分(ニューヨーク市と同経度)
観光客:年間約80万人が空港を利用。国際線で入ってくる人は8万人弱
国内第2位の荷揚げ港:年間130万トン強の貨物が港から出入りする。(第1位は太平洋岸のブエナ・ベントゥーラ港)

ロス・カティオス国立公園

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ロス・カティオス国立公園は、コロンビア北西部、チョコ県の国境付近に広がる国立公園である。
国境を挟んだパナマ側にはダリエン国立公園が広がり、一帯の自然環境をともに保存することに貢献している。

国立公園が設定されたのは1974年のことである。
当初は520 km² を対象とする国立公園だったが、1980年に面積720 km²に拡大された。
それでも、1980年に設定されたパナマのダリエン国立公園(5970 km²)に比べるとかなり狭いが、中央アメリカと南アメリカ大陸の接点にあたるこの地域に独特な動物相を守る上で重要な役割を果たしている。

南北アメリカ大陸を縦断するパンアメリカンハイウェイも、ダリエン国立公園とロス・カティオス国立公園が存在する地域では途切れている。

ダリエン国立公園と隣接しているため、ロス・カティオス国立公園に見られる動物相や植物相はほぼ共通のものである。

アトラト川流域に広がる熱帯雨林は、かつて間氷期の海面上昇時にも水没を免れたことで、多くの生物種にとって避難所の役割を果たしたとも言われており、北上してきた動物種や南下してきた動物種による独特の動物相が形成されている。

哺乳類は、世界最大の齧歯目であるカピバラのほか、オセロット、マントホエザルなどが棲息している。鳥類は400種以上が確認されており、これはコロンビア国内で確認されている鳥類のおよそ4分の1に該当する

モンポス

モンポス、正式名サンタ・クルス・デ・モンポスは、コロンビア北部ボリーバル県にある都市である。
コロニアル様式の町並みが残る都市で、マグダレナ川とカウカ川が合流する場所近くの、洪水除けのために盛り土をした場所の上に築かれており、カルタヘナからは249 km 離れている。
人口は約3万人で、ピニジョス市(Pinillos)やサン・フェルナンド市(San Fernando)に隣接している。

南アメリカ大陸のスペイン植民地の多くを解放したシモン・ボリバルは、「もし私の人生がカラカスのおかげならば、私の栄光はモンポスのおかげである」と語った。

ボリバルは1812年にモンポスに到着し、屈強な男たちのほとんど全員にあたる400人ほどを雇った。
その男たちが、カラカスでボリバルを勝利に導いた軍勢の基盤になったのである。

サンタ・クルス・デ・モンポスは、スペインの様式とアメリカ先住民の様式の混交したコロニアル様式の町並みが良好に保存されていることで知られている。

1995年にユネスコの世界遺産委員会は、モンポスの歴史地区を世界遺産リストに登録することを決議した。

今日、コロニアル様式の建造物のほとんどは、本来の用途で使用されつづけているが、同時にスペインコロニアル様式の傑出した例証ともなっているのである。

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