電灯の明るさがもたらした解放感
私にとって戦争というと、まず連想するのは暗やみと空腹です。
これは太平洋戦争末期に都会に住んでいた人なら、皆が体験したことでしょう。
現在では、日常生活の場である家庭の部屋などの照明が明るくなりましたが・・・
太平洋戦争頃には、8畳の座敷の電灯に100ワットの電球を点けるのはぜいたくなほうで、6畳の部屋で40ワットくらいが一般的だったようです。
米軍による夜間空襲がはじまった初めの頃は、夜、警戒警報が発令されると、雨戸を閉めて茶の間以外の電灯を消して家族は茶の間に集まっていました。
空襲警報が発令されると茶の間の明かりが欄間から漏れるので電灯を消して、屋外に出て、情勢によっては防空壕に避難したものでした。
戦争も末期の昭和20年に入る頃には、空襲は昼夜を問わず毎日のようにあって、夜間の灯火管制も日常的に行なわれるようになりました。
灯火管制といっても戦争を体験した人でないとなかなか理解しにくいことと思います。
この頃にかくれん棒のような便利なものがあったらよかったのですが・・・。