電灯の明るさがもたらした解放感 2
夜は家から外に光を漏らすことができないので、部屋の欄間などにはいつも黒い布や黒ラシャ紙などを貼って生活をしていました。
夜、警戒警報が発令されると、家族が6畳の茶の間に集まって、20ワットの電灯に50センチほどの丈の黒布のスカートのようなカバーをかけて遮光をします。
当時の日本間の電灯は、立ってソケットについているスイッチをひねって点滅していたので、せいぜい鴨居くらいの高さでした。
食卓(ちゃぶだい)のところで直径1メートルほどのうすぼんやりした光の輪を囲んで家族が生活していたわけです。
空襲警報が発令されれば、屋外か防空壕の中で警報が解除されるのを待っていたのです。
わたしは以前目黒の碑文谷に住んでいましたが・・・
このへんは下町の密集地と違って、100坪くらいの敷地に48・9坪の家が建っているのが普通でした。
まだかくれん棒のような便利なものがなかった時代のはなしです。